人と人、地域と地域をつなぐ 〜世界に開かれた神奈川を目ざして〜
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かながわ国際交流財団 設立40周年

1977年の設立以来、2017年で40周年を迎えたかながわ国際交流財団(KIF)。
どんな時代状況の中で、どのような活動を行ってきたのでしょうか。
主な事業をご紹介しながら振り返り、将来を展望したいと思います。

KIFの歴史は、多くの方のご協力で進められてきました。長期間、多岐にわたる事業の中で、現在のスタッフには見えないことも多いと思います。

当時の様子についてのコメントや、お気づきの点などありましたら、ぜひこちらへご連絡ください。

※一部のスマートフォンでは、文字が正しく表示されないことがありますので、その場合にはPCで閲覧していただくようお願いします。

第7回 すべての⼈と、⽂化にアクセス
〜美術館を“まなびほぐす”、「マルパ」はじめました〜

かながわ国際交流財団(KIF)の、設⽴以来40 周年の蓄積をご紹介する連載は第7回となりました。
今回は、前回に引き続きKIF 事業の第4の柱「学術・⽂化交流を通じた地域からの将来像の提案」から、県内の美術館等と連携して実施中の事業「マルパ」をご紹介します。

●すべての⼈と、⽂化にアクセス 〜「マルパ」はじめました〜

「マルパ」。2016 年度からKIF が開始した、事業の名前です。ちょっと変わっていますね。

「マルパ(MULPA)」は、Museum UnLearning Program for All の頭⽂字を取った略称です。⽇本語での事業名は「みんなで“まなびほぐす”美術館―社会を包む教育普及事業―」です。

外国⼈住⺠や障害のある⽅々など、すべての地域住⺠が⽂化にアクセスする権利を保障し、⽂化を通じて互いに多様性を認め合い、⽣き⽣きと暮らせる社会をめざして開始した事業です。県内の公⽴美術館4館(神奈川県⽴近代美術館、横須賀美術館、茅ヶ崎市美術館、平塚市美術館)と、芸術祭を実施するNPO・⼤学、アートを通じた多⽂化共⽣に取り組む団体等と連携しています。

美術館とKIFとのかかわりは⻑く、2004年から2016年までの1年間に、国内外の美術館⻑や学芸員、研究者などを招き、講演と対話を⾏う「21世紀ミュージアム・サミット」を7回にわたって実施してきました。福原義春前KIF理事⻑(現名誉顧問・㈱資⽣堂名誉会⻑)が⽴ち上げた「ミュージアム・サミット」は、⽇本を代表する美術館関係者・⽂化⼈、ルーヴル美術館を始めとする海外の著名な美術館館⻑などを招聘しただけでなく、企業・⾏政関係者、⼀般の来館者や学⽣なども含め、美術館とつながるあらゆる⼈たちが相互に語り合う稀有な場となっていました。「マルパ」は、この「ミュージアム・サミット」の蓄積を活かし、地域への広がりを⾒据えて発展させようと開始した事業でもあります。



●共⽣・地域・アンラーン 〜マルパの3つのキーワード〜

「マルパ」では、「(多⽂化)共⽣」、「地域連携」、「unlearn アンラーン」という3つのことばを⼤事にしています。「(多⽂化)共⽣」は40年続くKIF のミッションであり、「地域連携」は第4回以降のミュージアム・サミットで基調となったキーワード、そして「unlearn アンラーン」とは、今回のプロジェクトで新たに提⽰されたキーワードで、英語ではunlearn、⽇本語で「まなびほぐす」という意味です。ステレオタイプ化した美術館イメージを問い直す、という意味が込められています。

2016年以降、神奈川県⽴近代美術館館⻑であり、ミュージアム・サミット監修者でもあった⽔沢勉さんを中⼼に、先に挙げた美術館・NPO関係者をメンバーとして運営委員会・作業部会を開催し、検討を進めてきました。

2020年のオリンピック・パラリンピックイヤーも意識し、⼀過性のイベントに終わらない息の⻑い取り組みとすることを⽬指して会合を重ねる中で、具体的な事業イメージとして、さまざまな事情でミュージアムにアクセスしにくい外国⼈、障害者など「マイノリティ」とされる⼈たちの、ミュージアムへのアクセシビリティーを⾼める教育普及事業が浮かびあがりました。



「マルパ」のロゴマーク(デザイン:服部⼀成⽒)


●英国ミュージアムのアウトリーチ活動の調査

⽇本国内のミュージアムにはそうした取組の事例が少ないことから、ロンドン在住で英国におけるミュージアムの多⽂化共⽣事例に詳しい吉荒⼣記さん(ロンドン・研究⽀援団体Art Logue代表)に依頼し、移⺠とかかわる画期的な事業を展開してきたロンドン博物館・ホワイトチャペル美術館2館の多⽂化共⽣の取組について、現地でインタビューを含む調査を⾏ってもらいました。



ホワイトチャペル美術館のアウトリーチ活動

ロンドン博物館ドッグランズ分館で⾏われた⼦ど も対象のワークショップ

それぞれの館は、移⺠コミュニティを広く深く理解する必要性を強く認識し、ロンドン博物館では外国⼈学校の教師によるアドバイザリー・グループを作って館で利⽤する学習教材制作に活かし、ホワイトチャペル美術館では美術館スタッフが移⺠コミュニティの催しに参加するなどのアプローチを⾏っています。この「相⼿を知る」ことの⼤切さは、後に「マルパ」事業に具体的に反映されることになりました。



●「バリアフリー」をまなびほぐす

作業部会を中⼼とする研修では、上記の英国ミュージアム調査の報告のほか、横浜美術館やギャラリーあざみ野で実施された「みんなの美術館プロジェクト」と、東京の美術館で実施されてきた、聴覚障害のある⽅々の美術鑑賞をサポートする「美術と⼿話プロジェクト」の取組内容を聴き、さらに意⾒交換を⾏いました。その中で、これまで美術館が考えてきた「バリアフリー」とは異なる次元で障害のある⽅々に美術館に対するニーズ・課題があることもわかってきました。

そこで、何よりもまず、さまざまな障害のある⽅、さまざまな定住外国⼈の⽅と直接出会い、対話するフォーラムを実施することが⼤切だと考えたのです。



●フォーラム「みんなで“まなびほぐす”美術館」

今年(2017年)7⽉8⽇、「マルパ」事業最初の催しとして、フォーラム「みんなで“まなびほぐす”美術館」を開催しました。さまざまな障害のある⽅、さまざまなルーツの定住外国⼈の⽅とともにテーブルを囲んで対話し、「マルパ」で実施する美術館の教育プログラムを考えるヒントになる「気づき」が⽣まれることを期待して企画されました。

当⽇は、視覚・聴覚・四肢に障害のある⽅、定住外国⼈など様々な背景をもつ⽅々を含む約130⼈が集い、障害や⾔語・⽂化的背景を壁とせずに楽しめる美術館・アートプログラムについて、「ワールド・カフェ」(※1)の⼿法で対話を⾏い、アイディアを出し合いました。

⾳声読み上げコードや切り⽋きを使ったちらしの作成、⾞いすユーザーや視覚障害のある⽅が会場に到着するためのサポート、参加者同⼠のコミュニケーションのための英語や⼿話の通訳、聴覚障害のある⽅に状況がわかるよう、発⾔者は話している間、光るスティックを持つなど、様々な⼯夫をこらして場がつくられました。

障害のある⽅や外国⼈住⺠は、あらゆる施設や催しについて、情報⼊⼿や交通⼿段、コミュニケーションなど様々な壁があり、多くの⽅がそもそも「美術館」のような場は⾃分たちには縁がないと感じていると⾔います。すべての⼈が「この場は⾃分がいて当たり前の場所だ」と感じることがいかに難しいかが、運営を通じて実感されました。

こうして作られた場で、直接出会い、対話することで「障害者」「外国⼈」と⼀様にくくることはできない、ひとりひとりの個性やことばが確認され、「皆」のための美術館とは何か、気づきが深まっていきました。



ワールド・カフェの様⼦。当⽇のゲストトーカー ライラ・カセムさん(※2)の姿も(左写真中央)。
⼤学⽣による「ユース・チーム」が創造性・ネットワークを引き出す会場づくりを⾏った。

「マルパ」では、フォーラムをヒントにしながら、現在美術館でのワークショップやアウトリーチを模索しており、今年度以降、企画・実施していく予定です。



●アンラーン=まなびほぐし 〜「マルパ」の背景にあるもの〜

「アンラーン unlearn」という「マルパ」のキーワードについて、⼿元の辞書を引くと、「(学んだことを)忘れる」「(癖・誤りなどを)捨て去る」とあります。
「まなびほぐす」という訳語は、思想家・鶴⾒俊輔さんが、ヘレン・ケラーとの出会いから⽣んだものです。それについて次のようなエピソードがあります。

「戦前、私はニューヨークでヘレン・ケラーに会った。私が⼤学⽣であることを知ると、私は⼤学でたくさんのことをまなんだが、そのあとたくさん、まなびほぐさなければならなかったといった。まなび(ラーン)、後にまなびほぐす(アンラーン)。『アンラーン』ということばは初めて聞いたが、意味は分かった。型どおりにセーターを編み、ほどいて元の⽑⽷に戻して⾃分の体に合わせて編みなおすという情景が想像された。」
(引⽤:2006年12⽉27⽇朝⽇新聞(朝刊)「鶴⾒俊輔さんと語る ⽣き死に 学びほぐす」)


マルパは、⼈々が⾝につけた「美術館」に対する認識やイメージを、これまで「地域住⺠」として⼗分に位置づけされてこなかった「マイノリティ」とされる⼈々との対話や協働作業の中で⼀度ほぐすことで、「かながわのミュージアムの未来像」、ひいては⽂化・アートを通じて多様な⼈々が⽣き⽣きと⽣きていける地域の未来像を描く⽅向性をもっています。



●アートの⼒ 〜多様なひとりひとりの⼒を、形に〜

アートは、まだ「ことば」として定着するに⾄らない新しい価値、ものの⾒⽅、様々な感情を可視化して伝える⼒があります。多くの現代アートは障害のある⼈々、あるいは移⺠やその⼦孫として⽣き、社会の中で「マイノリティ」とされる⼈々の、既存の枠組みでは表現しきれない感覚、経験を⽬に⾒える形にし、提⽰してきました。

現代のように変化が激しく、⼈々が揺さぶられ、新しい価値を求める時代にこそアートの⼒が必要とされているのかもしれません。「ちがい」が⼈々を刺激して⼼を動かし、創造性を⽣む可能性が、多くの場で模索されています。

「ちがい」は葛藤や不寛容を⽣み、差別や偏⾒などの苦しみを⽣み出すもとにもなりますが、そうした場合にも「アート」は⼈々が⾃分を知り、他者と交流して相互に理解を進める強⼒な⼿段になります。



●「ミュージアム・サミット」を継承して

7回にわたる「ミュージアム・サミット」から、参加者・関係者は、国内外のミュージアム・マネジメントや教育普及事例などから多くのヒント・論点を学びました。特に移⺠が多い欧⽶各国では、1990年代以降、社会包摂(ソーシャル・インクルージョン)政策にミュージアムを活⽤して⼀定の効果をあげてきています。

10代の若者の創造性を、最先端のアーティストや美術館のエデュケーターとの協同作業で特別展やファッションショーに結実させたプロジェクト「ソーンモダーナ(現代ゾーンの意味)」(スウェーデン・ストックホルム国⽴近代美術館/2006年第2回サミットで紹介)、

アフリカ系アメリカ⼈の若者たちによる、インド美術の鑑賞から広がった対話(⽶国オハイオ州・クリーヴランド美術館/2008年第3回サミットで紹介)、

移⺠が多数を占める地区の、⽂化的な体験と⾃分とは無縁だと思い込んでいた⾼校⽣たちが、⼼を惹かれる絵画を通して歴史や⽂化を学び、最後に家族や友⼈の前で作品解説をする1年間のプログラム「クラス・ルーヴル」(フランス・ルーヴル美術館/2010年第4回サミットで紹介)など、

サミットでは、ともすれば社会から疎外されてしまう⼈びとによる異⽂化理解とリスペクト、⾃⼰実現や創造性の向上など、美術館と地域がかかわり、⾼めあうさまざまな事例をみてきました。



移⺠の⾼校⽣と実施したプロジェクト「クラス・ルーヴル」

多様な背景をもつ⼈たちとのアートのプロジェクトは、国内でも美術に限らず、演劇や映像など様々な形で実施されるようになっています。⽇本に先⾏して移⺠の問題や若者の失業問題などに直⾯した欧⽶諸国では、⽂化・経済振興にマイノリティの社会包摂の視点を加えた政策を取り、その創造性を地域振興や経済政策につなげる取組も数多くあります。(※3)

KIFでは、ミュージアム・サミット以外にも、これまで神奈川の外国⼈住⺠によるアート・ワークショップへの助成や、外国にルーツをもつ若者たちの表現を⽀える活動などを⾏ってきました。

多⽂化化、多様化がますます進む社会の中で、7回の「ミュージアム・サミット」で得たことをもう⼀度「まなびほぐし」ながら、アート・⽂化の側⾯からKIF が果たせる役割を、これからも模索していきたいと考えています。


21世紀ミュージアム・サミットについて


「21世紀ミュージアム・サミット」は、財政難などから⽇本でミュージアムの「冬の時代」と⾔われ始めた時期に始まりました(第1回開催は2004年)。

第1回から第3回までは、⽇本を代表する美術史家の ⾼階たかしな秀爾しゅうじさん、アメリカ・カナダの著名な美術館の東洋部⻑等の要職を経て⾦沢21世紀美術館⻑であった蓑豊みのゆたかさん、横浜トリエンナーレ2001のアーティスティック・ディレクターを経て、国⽴国際美術館⻑であった建畠たてはたあきらさんにそれぞれ総監修をお引き受けいただきました。3回にわたって⾏った欧⽶とアジアの美術館⻑との討議を通じて、美術館の新たな⽅向性や経営⾯での⼤胆な戦略の深化や吸収が図られました。

第4回以降は「地域」がキーワードとなり、地域社会におけるミュージアムの社会的役割を主な論点とするとともに、「ワールド・カフェ」で美術館の館⻑・学芸員と⼀般の参加者が美術館について語り合うスタイルが取られ始めました。第5回は、美術館だけでなく、博物館・図書館・⽂書館等館種を超えた議論が試みられ、東⽇本⼤震災を経たことで、特に社会とかかわるミュージアムのあり⽅が深く問われました。第6回においてはフランスのもと⽂化⼤⾂ジャック・ラング⽒のルーヴル美術館⼤改⾰を基調講演とする「国の⽂化政策」、第7回は第1回からのミュージアム・サミットを総括する意味で「まちとミュージアムの関係」を歴史軸と空間軸から検討するものになりました。

第1回から第7回までのミュージアム・サミットの記録は、すべて⼀般書籍として市販されています。詳しくはこちらhttp://www.kifjp.org/shuppan/book

最新刊は「まちとミュージアムが織りなす⽂化〜過去から未来へ」(現代企画室刊)。
巻末に第1回から全ての「ミュージアム・サミット」の記録を収録しています。



ミュージアム・サミット開催一覧
〈クリックすると開きます〉

ミュージアム・サミット関連出版物

左上から 第2回/2006年 右端のラース・ニッティヴ⽒は第7回でも登壇、第4回/2010年 基調講演者鷲⽥清⼀⽒は「あさっての美術館」というキーワードを挙げた、第5回/2012年 監修者 ⾼階秀爾⽒、建畠晢⽒、⽔沢勉⽒、蓑豊⽒、基調講演 池澤夏樹⽒、第6回/2014年 福原義春前理事⻑、ジャック・ラング⽒(元フランス⽂化⼤⾂)、第7回/2016年 会場⾵景 写真©藤島亮⽒/KIF



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※1 ワールド・カフェ
⼈々がオープンに会話を⾏い、⾃由にネットワークを築くことのできる「カフェ」のような空間で、お互いの想いを共有し、知識・知恵を創発する話し合いの⽅法。4〜5名が⼀つのテーブルに座り、⾃分たちにとって⼤切な質問やテーマについてオープンに会話する形式で⾏われる。
2007年、開発者である⽶国のA.ブラウンとD.アイザックスによる著書の⽇本語訳「ワールド・カフェカフェ的会話が未来をつくる」(ヒューマンバリュー刊)が出版されて以降、⽇本でも盛んになった。
2010年の第4回ミュージアム・サミットは、同書を翻訳し、⽇本で普及させた㈱ヒューマンバリューのサポートを得て実施。好評を博し、第5回以降も「ワールド・カフェ」による対話を継続している。
ワールド・カフェについて、詳しくはこちら(㈱ヒューマンバリューのサイト)
▼第4回21世紀ミュージアム・サミットでの「ワールド・カフェ」
http://www.humanvalue.co.jp/hv2/our_theory/world_cafe/1421.html


※2 ライラ・カセムさん
フォーラムでは、⾃⾝の障害を乗り越えながら、障害のある⽅々に対しアートを通じた⽀援を⾏うゲストによる「オープニングトーク」が⾏われた。ゲストのおひとり、ライラ・カセムさんへのインタビューがKIFのホームページに掲載されています。こちらから是⾮どうぞ。


※3 参考:「価値を創る都市へ ⽂化戦略と創造都市」NTT出版
インターカルチュラルシティ/多⽂化共⽣に関する事業(国際交流基⾦のウェブサイト) など。
https://www.jpf.go.jp/j/project/intel/exchange/organize/intercultural/

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